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阿賀野川ライン舟下りについて 見どころ・ルート案内 阿賀の舟唄


ライン舟下りルート


■50分コース(スタート地点への無料送迎バス有) ※4月中旬〜11月下旬

午前9時〜午後3時まで1時間おきに出航


50分コースルート





■40分コース ※12月上旬〜4月上旬

午前10時〜午後3時まで1時間おきに出航

40分コースルート

※50分コースと40分コースでは乗り場が異なりますのでご確認ください。
※阿賀野川の水量や季節によりコースが変更になる場合がありますのでお問合せください。
※悪天候の場合、欠航となることがあります。




 A.御前ヶ鼻  B.米倉石  C.コッパ岩
A.御前ヶ鼻 B.米倉石 C.コッパ岩
最初にその姿をあらわす見どころは、流れに向かって左側に突き出した岸壁「御前ヶ鼻」

●伝説
将軍平維茂が「明日一番鶏が鳴くまでもつかどうか」というほどの重い病気にかかり、それを聞いた奥方は暗い夜道を急いでいた。この御前ヶ鼻にさしかかったとき、アマノジャクのいたずらで朝が来たと勘違いした奥方は、嘆きのあまり身を淵に投げてしまったという。
右手に見えてくる大きな岩が「米倉石」。その昔、この石はもっと川の中ほどにあったといわれています。

●伝説
将軍に奉納する年貢米を会津から新潟湊に運搬する際、この石が必ず船を転覆させたことから「石が米を食べる」といわれ、この名が付いたという。
岩津橋手前の川の真ん中にある大きな岩。「河童(こっぱ)岩」と呼ばれています。

昔は河童が川から出てきて、ここで遊んでいたということから、この名が付いたという。


 D.かいばみ岩肌  E.縁の鼻
C.コッパ岩 E.縁の鼻
岩がやわらかく、雨が降ると川に流れてしまうほど。かつて白崎でこれを乾燥して粉にしたものが売られていました。 「御前ヶ鼻」の伝説で、阿賀野川に身を投げた奥方が、ここに流れ着いたという。縁あってこの岩に流れ着いたと、この名が付いた。


 F.岩谷の平等寺・将軍杉  G.五十島渡船場跡
F.岩谷の平等寺・将軍杉 F.岩谷の平等寺・将軍杉 G.五十島渡船場跡
右手に見える岩谷集落の平等寺に、「平等寺薬師堂」と、「将軍杉」があります。平等寺薬師堂は、室町時代中期の名作といわれ、国の重要文化財で県内2番目に古い木造建築。「将軍杉」は樹齢1400年といわれ、国の天然記念物に指定されています。根回りが約16m、幹の回りが約16m、高さが約38mもあります。

●平等寺薬師堂にまつわる伝説
陸奥守鎮守府将軍(余五将軍)・平維茂(たいらのこれもち)が、滝の口という所を通ったおり、一寸八文の黄金の薬師如来像を発見して感嘆し、岩谷に御堂を建てて安置したという。

●将軍杉にまつわる伝説
「将軍杉」の名は余五将軍・平維茂にちなむもので、この地で晩年を過ごしたと伝えられる平維茂の遺骸を葬るに際して、標木として植えたものをいう。

海は鳴門、川は阿賀野の泣きの渦。多くの船が渦にはまり、荷を落としたといわれる、津川船道が盛んだった頃、船荷の積み上げで賑わった場所です。


 H.取上石  I.取上観音  J.熊渡りの正鬼様
H.取上石 I.取上観音 J.熊渡りの正鬼様
大きな岩にちょこんと乗っている石が「取上石」で、洪水などでも流されず動くことがありません。

●伝説
身体の弱さに嘆いていたある武将が、取上観音の霊験を聞き、尊像を拝んで祈願したところ、満願の暁に尊像が現れ「水中の石で試してみよ」と指示した。そこで試してみると軽々と持ち上がる。
霊験あらたかなことを感じ、その石を大きな岩の上に置いて帰ったことから名付けられたという。
この取上観音は子宝祈願の観音様で、総けやき作りのお堂は釘を一本も使わず、特殊な積み木と組み合わせて造られている。そのお堂の周囲には50数点の神秘的なけやきの彫刻がほどこされている。

●伝説
小田切弾正忠義の創立になるともいわれ、武運長久と子孫繁栄を祈るために観音像を安置したという。
藁で造られた大きな人形が集落の入口に鎮座しています。これは「正鬼様(しょうきさま)」と呼ばれる疫病除けの神様で、毎年祭礼の時に作り替えられます。

●伝説
正鬼様は村に侵入する悪霊や疫病などを防いでくれる神様といわれている。阿賀野川流域のここ東蒲原地方に古くから伝わる祭り信仰で、毎年2月から3月にかけて祭りが行われている。




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